ライブラリー キャラメルラテ

オリジナル小説書いてます

想い出の折りたたみ傘

 小雨の降る夕方。ビニール傘がパタパタと音を立てる、駅からの帰り道。こんな日にはふいに思い出すことがある。淡いエメラルドグリーンの折りたたみ傘。あの人に似合うなんて思いもしなかったーー。 「今度の期末、社会の範囲ヤバくない?」 「木村さんも西高? よかった、一緒で」 「お前はどこ受けるの?」  冬本番を迎える直前、校舎内では日頃からこのような会話が飛び交い、どこかソワソワした空気に満ちていた。雨は五時間目の国語の途中から静かに降り出した。教室の窓から見えるのは遠くの山を覆う厚い雲と、変わらない街並みだった。  用事を終えて職員室を出る頃には、ほとんどの三年生は帰ったようだった。カバンを取りに教室に戻ると誰かいる。クラスメートの有旗(ゆうき)くんだ。普段からそう呼んでいるわけじゃないけど、なんとなく。  ガラッと引き戸を開けてお互いに気づいた瞬間から、少しだけ気まずい。黙って教室を出ようと思ったけど、真ん中の席で自分のカバンを見下ろすように佇む有旗くんがなんだか気になった。 「えっと……。まだ帰らないの?」 「高橋は?」 「もう帰るよ。三年はもう帰ったし、雨も降って……」  雨という言葉を口にしてハッとした。 「傘、ないの?」 「高橋は?」  さっきより笑いを含んだ声色だった。お互いに顔を見合わせていたが、そのうち有旗くんの方が俯くように目を逸らした。目立たない人とばかり思っていた。こうして見ると意外と長い睫毛……。 「私の置き傘でよかったら、さしてく?」 「いいの?」 「うん、私、別の傘持ってきてるから」  私は教室の後ろのロッカーから取ってきた折りたたみ傘を、有旗くんに差し出した。色は淡いエメラルドグリーン、模様は四つ葉のクローバーのワンポイント。これなら男子も恥ずかしくないはず。 「ありがとう」  傘を受け取った有旗くんは駆けるように教室を出ていった。淡いエメラルドグリーンが似合っていると、この時思った。 「高橋」  翌日、一時間目が始まる前にロッカーの整理をしていると、有旗くんが声をかけてきた。私は、スッと差し出された折りたたみ傘を受け取った。 「昨日はありがとう、助かったよ」 「よかった、あれから結構降ってきたもんね」  そう返事をしたけど、なんだろう、昨日思いきって声をかけた時よりドキドキする。それから有旗くんとは、たわいないことで二、三回口を聞いただけ。私は卒業式前日まで、折りたたみ傘をロッカーに入れていた。  あれから何年も経って、色々あって、一応恋もして。あの時の折りたたみ傘は部屋のクローゼットの片隅。淡いエメラルドグリーンの折りたたみ傘、模様は四つ葉のクローバーのワンポイント。それにまつわる淡い想い出ーー。