ライブラリー キャラメルラテ

オリジナル小説書いてます

想い出の折りたたみ傘

 小雨の降る夕方。ビニール傘がパタパタと音を立てる、駅からの帰り道。こんな日にはふいに思い出すことがある。淡いエメラルドグリーンの折りたたみ傘。あの人に似合うなんて思いもしなかったーー。 「今度の期末、社会の範囲ヤバくない?」 「木村さんも西高? よかった、一緒で」 「お前はどこ受けるの?」  冬本番を迎える直前、校舎内では日頃からこのような会話が飛び交い、どこかソワソワした空気に満ちていた。雨は五時間目の国語の途中から静かに降り出した。教室の窓から見えるのは遠くの山を覆う厚い雲と、変わらない街並みだった。  用事を終えて職員室を出る頃には、ほとんどの三年生は帰ったようだった。カバンを取りに教室に戻ると誰かいる。クラスメートの有旗(ゆうき)くんだ。普段からそう呼んでいるわけじゃないけど、なんとなく。  ガラッと引き戸を開けてお互いに気づいた瞬間から、少しだけ気まずい。黙って教室を出ようと思ったけど、真ん中の席で自分のカバンを見下ろすように佇む有旗くんがなんだか気になった。 「えっと……。まだ帰らないの?」 「高橋は?」 「もう帰るよ。三年はもう帰ったし、雨も降って……」  雨という言葉を口にしてハッとした。 「傘、ないの?」 「高橋は?」  さっきより笑いを含んだ声色だった。お互いに顔を見合わせていたが、そのうち有旗くんの方が俯くように目を逸らした。目立たない人とばかり思っていた。こうして見ると意外と長い睫毛……。 「私の置き傘でよかったら、さしてく?」 「いいの?」 「うん、私、別の傘持ってきてるから」  私は教室の後ろのロッカーから取ってきた折りたたみ傘を、有旗くんに差し出した。色は淡いエメラルドグリーン、模様は四つ葉のクローバーのワンポイント。これなら男子も恥ずかしくないはず。 「ありがとう」  傘を受け取った有旗くんは駆けるように教室を出ていった。淡いエメラルドグリーンが似合っていると、この時思った。 「高橋」  翌日、一時間目が始まる前にロッカーの整理をしていると、有旗くんが声をかけてきた。私は、スッと差し出された折りたたみ傘を受け取った。 「昨日はありがとう、助かったよ」 「よかった、あれから結構降ってきたもんね」  そう返事をしたけど、なんだろう、昨日思いきって声をかけた時よりドキドキする。それから有旗くんとは、たわいないことで二、三回口を聞いただけ。私は卒業式前日まで、折りたたみ傘をロッカーに入れていた。  あれから何年も経って、色々あって、一応恋もして。あの時の折りたたみ傘は部屋のクローゼットの片隅。淡いエメラルドグリーンの折りたたみ傘、模様は四つ葉のクローバーのワンポイント。それにまつわる淡い想い出ーー。

無情の夢 番外編

おとぎ話なんて、はじめからなかったのかもしれない。魔法のドレスもガラスの靴も、かぼちゃの馬車も大きなお城もーー。  肌を刺すように冷たい真冬の風に吹かれ、中村くるみは白い息を吐いた。夕暮れ時の薄暗い帰路を、くるみは急ぐことなく歩いていた。  くるみは今年で三十六歳になるが、父、章一を二年前に癌で亡くしていた。工房はその前後で閉め、実家は更地にして売りに出した。  現在、くるみはアパートで一人暮らししながら、市内の総合病院の清掃のパートに出ているのだ。友人の恵子と千枝はそれぞれ結婚して家庭を持つなどし、ここ数年ですっかり疎遠になっていた。  くるみが魔法の国で魔女のリッツに魔法をかけられて一度デートをしたことのある相手、俳優の佐山晴彦はというと、ゴールデンタイムに放送中の刑事ドラマ「地平線にほえろ」にレギュラー出演中。コマーシャルにトーク番組やラジオのゲストなど、東活に所属して会社が制作する映画に出演していた頃より、多彩に活動していた。  晴彦がくるみに、恋人ができたと告げたのは十六年前。相手は当時、東活に所属していた駆け出しの女優。二年後二人は入籍し、くるみはその記事を週刊誌で読んだ。  彼女の本名は佐山教子(きょうこ)となったが、女優としての名は春川響子。清純派らしい美貌に加え演技力が評価され、近年では連ドラに二時間ドラマ、映画に至るまで、脇役ながら様々な役柄をこなしている。  晴彦は今年で四十三歳、教子は三十七歳になる。夫妻に子供はいないが夫婦仲は順調のようで、二人がトーク番組や雑誌に揃って出るのをくるみは時々目にしていた。  明日は金曜か。明日も仕事だけど、夜九時から「太陽にかけろ」がある。楽しみだな、早く明日にならないかな。  パステルグリーンのスニーカーを履いた足元に目線を落としていたくるみは、顔をパッと上げた。くるみが人気の少ない駅前の大通りを歩いている、ちょうどその時だった。見覚えのある男の姿が目に入ったのは。  眉尻にかけて少し曲がって上がった黒い眉、伏し目がちでいると余計に長く見える睫毛。鼻が高く、彫りの深い顔立ち。濃いグレーのコートに黒いズボンといういでたちで煙草を吹かす長身痩躯の男、彼こそが佐山晴彦、本名は佐山尊志だった。 「佐山さん……? 佐山晴彦さんですよね……?」  くるみは咄嗟に声をかけた。 「ああ……」  既に閉められた店舗のシャッターにもたれていた晴彦は煙草を口元から離し、何気なくくるみを一瞥した。  そうだ、佐山さんは今や売れてる俳優なんだし、私のことなんて忘れているはず。こんなふうに街で声をかけられるのも慣れているだろうし。 「私、中村くるみです。大分前になりますけど、魔法の国で魔法にかけられて、佐山さんと一度銀座に行ったことのある……」 「中村くんか」  晴彦がハッとしてくるみの顔に目を向けると、くるみは俯いた。  やだ、私ったらあれから何も変わってないんだ。佐山さんにアンティークの手鏡を手渡された時から。佐山さんは相変わらず素敵なのに。テレビで観るより少し疲れた感じだけど。そういえば佐山さん、なんだかやつれたみたい。仕事が忙しいのかな……。 「そうだ、地平線にほえろ、観てますよ。視聴率もいいし、現場もさぞ熱気があって……」 「ああ」  敢えてにこやかにするくるみを前に、晴彦は苦虫を噛み潰したような複雑な表情を見せた。くるみが心配そうに黙っていると、晴彦が少しずつ話しはじめた。  昭和四十年代に入る頃には、東活はもとより国内の映画産業そのものが斜陽となっていた。人々は家庭用テレビの普及により、かつてのように映画館に足を運ばなくなっていたのだ。 東活の女優だった雪原小枝と結婚した岩瀬隆二をはじめ、映画を主戦場にしていた俳優たちは、テレビドラマに活路を見出すこととなった。  晴彦は、自分が刑事ドラマにレギュラー出演していることがしっくりこないのだとくるみに言った。 晴彦は主演ではないが見せ場があり、印象的な役だと思っていたくるみは、その言葉を意外に受け止めた。 「そりゃまあ、東活にいた頃より今の方が顔は知られているし。コマーシャルに出るのもそこまで気は進まないけど生活のためでもあるし。でも、時々ふと思うんだ。俺はこういうことするために役者になったのかって」 「佐山さん……」  どうしよう、こんな時なんて言ったら……。 「でも、これからも俳優を続けられるんでしょう? 奥様も活躍されてるし、夫婦で共演とか……」 「教子か。お互い撮影だの付き合いがあるだのって、最近じゃゆっくり話す間もないよ」  すっかり自信をなくしたように見える晴彦を前に、くるみは何も言えなくなった。  時を同じくして、東京メトロ沿線のとある街。よく当たると評判の占い師の老婦人が路上の片隅で、段ボール箱の前に置いた折り畳み椅子に腰掛けていた。占い師の前には大勢の人々が行き過ぎていたが、およそ一時間前、午後五時過ぎに最後の客が帰ったきりだった。 「今、いいですか?」  無地の黒いキャップを目深に被った一人の女性が、占い師の元に近づいてきた。占い師は手にしていたタロットカードの束を傍らに置き、女性の姿を見てあることに気づいた。 「失礼ですがあなた、女優の春川響子さんでは……」  女優の春川響子、本名は佐山教子。テレビで観るより小柄で細身、ぴったりしたジーンズにカーキ色のブルゾンを着込むという地味な格好だったが、どことなく目を引く雰囲気が感じられた。 「ええ……」  教子は小さな声で呟くように答えた。 「お気になさらずに。有名人でも誰でも、占いは平等ですから」  教子はそれを聞いてクスッと笑った。 「私ではなく、主人を占ってほしいんです」 「佐山晴彦さんね、地平線にほえろ、私もたまに観ていますよ」 「ええ、それはどうも」  占い師は、教子が向かいに腰掛けるのを待って、ゆっくり口を開いた。 「あなた、何か悩まれているようね」  教子は黙っていた。 「ご主人の女性関係とか」  それを聞くなり、教子は首を左右に大きく振った。 「それはないです、それだけは決して。主人はそれだけは一切……」 「それは失礼」  二人の間に、暫し沈黙が漂った。占い師はタロットカードの束を取り出し、手際よくカードを切った。占いを始めるという合図だ。教子は、晴彦の俳優としての今後の展望を占ってほしいと、占い師に告げた。  晴彦が、今の自分が理想の俳優像とかけ離れていると苦悩していることに、教子は気づいていたのだ。占い師がボールペンを手渡すと響子はそれを手に取り、白い紙に晴彦の本名と生年月日を書いた。 「佐山尊志……。こういう字を書くのね、いい名前だわ。いっそ、本名に戻して活動してみたらどうかしら。姓名判断してみるまでもなく、運気の良さそうな名前だし」 「いえ、それはどうでしょう。晴彦は、主人が東活で映画デビューする際、会社の方に付けていただいたんです。沖田晴彦にあやかるって言って。ご存知ですか、沖田晴彦。五十年ほど前に早世して、今は一人娘の沖田茉弥子が女優をしています」 「ええ、覚えていますとも」  占い師は戦前に活躍した二枚目スター、沖田晴彦の顔を思い起こした。占い師は昭和のはじめ、家族で彼の主演映画を観に行ったことがある。日本人離れした彫りの深い端正な顔立ち、上品に見える身のこなしを今でもはっきり思い起こすことができる。  なるほど。だけど、佐山晴彦の輝きは佐山晴彦にしか出せないはず。沖田晴彦の代わりが誰もいないように。  占い師と教子は二人とも黙り込んだ。 「佐山さん。私、実は二年前に父を癌で亡くして、母は高校生の時に亡くなっていて……」  くるみが切り出すと、晴彦は僅かに眉を寄せた。 「今はアパートに一人暮らしして、病院の掃除のパートに出てるんです。なんていうか、すごくパッとしなくて、将来のことを考えるとなんだか絶望的でもあって……」  くるみはペラペラと話しはじめた。  佐山さんにどう思われてもいい。これだけは伝えないと……。 「だけど私、毎週金曜、地平線にほえろを観るのが何よりの楽しみなんです。雑誌でもテレビでも、佐山さんを見かけるのを本当に楽しみにしてて……」  晴彦は真顔で聞いていた。 「佐山さん、俳優の仕事は、私たちに夢を与えることなんです。佐山さんはそのままで十分素敵だと、私は思います」 「中村くん……」 「それに私、時々あの夜を思い出すんです。魔法で変身していたとはいえ、佐山さんとクリスマスツリーを見たりダンスホールに行ったなんて、一生の思い出ですよ」  くるみがそう言って頬を赤くすると、晴彦はフッと笑った。 「そうか、俳優の仕事は夢を与えること、か……。なるほどな、俺はどうやら初心を忘れていたみたいだ」   晴彦はニ度三度、小さく頷いた。 「頑張ってくださいよ、佐山さん」 「ああ、君のためにもね」  二人は顔を見合わせて微笑みあった。十六年前、東活の撮影所で話をした時より、ずっと晴れやかな顔で。この時ばかりはくるみも、晴彦の顔にまっすぐ目線を合わせた。それから二人はそれぞれの家路に着いた。  その頃、占い師はタロットカードで晴彦の社会運を占っていた。 「そうね……。タロットカードによると今のご主人は、迷いの渦中にいるみたいね。目の前の壁を乗り越えれば、また違った魅力を見せてくれるはず。そうすれば道も自然に拓けてくるはず。そうそう、夫婦仲はずっと円満ね」  占い師の最後の言葉に、教子は気恥ずしそうにした。 「今日はどうもありがとうございました。改名の話、主人にも伝えてみます」  胸のつかえが下りた教子は料金を払い終えるとスッと立ち上がり、軽くお辞儀をした。辺りはとうに暗くなっていた。教子の後ろ姿を見送りながら占い師は、今夜はこれで店じまいだと思った。  帰りの電車で立ったままドア付近に寄りかかる晴彦、空いていた座席に腰かけて一息ついた教子。お互い、帰ったらゆっくり話してみようと心に決めていたーー。  後日、晴彦はマネージャーと共にプロデューサーの元を訪ね、「地平線にほえろ」の刑事役を降りることを自ら申し出た。プロデューサーは渋い顔をしながらも最後には了承し、晴彦の役の刑事は、殉職することなく異動になって出番を終えることが決まった。  時を前後して、テレビ局内を歩く晴彦に声をかけた人物がいた。  半年後、都内某所。佐山晴彦は記者会見に臨んでいた。演出家である二宮行雄が演出する舞台、「真夏の夜の夢」で主演をつとめることが決まったのだ。 「ええ、今回はこのような大役をいただけた上、二宮さんに演出していただけるとは光栄です。僕は昔から、シェイクスピアの舞台劇に憧れていたもので」 「これから本名で活動を?」 「ええ、僕はこれから、佐山尊志として勝負すると決めたので」  カメラのフラッシュが光るなか、晴彦はマイクを手に堂々と答えた。  とある総合病院の、広々したロビーの一角。病院の名前の書かれたえんじ色のエプロンを身に付けたくるみの視線の先には、ブラウン管テレビの画面があった。記者会見での晴彦を目にしながらくるみは、チケットを取ってその舞台を観に行ってみようと思い立ったのだったーー。

ジュベール族の娘たち

 レビ師は仰った。「地に満ちよ」

 またある時は、こう仰った。「我が民族の血を絶やしてはならぬ。なんとしてもこの地に根付き、叡智を結集し、それらを子々孫々まで未来永劫受け継ぐのだ」

 ジュベール族と呼ばれる民族の歴史は、迫害と流浪そのものだ。荒涼とした赤い大地や不毛な砂漠に覆われた大陸で勃発した十年戦争がようやく終結し、生き残ったジュベール族の民は世界中に散り散りになった。レビ師が率いるある集団は東の大陸に移り、セレスタンという国の国土の隅、河川を隔てた土地に入植した。ジュベール族とセレスタンの国民とは宗教が異なるが、入植地はセレスタンが放棄した荒れ地だったため、目に見える大きな紛争は起きなかった。

 宗教指導者であるレビ師の先の進言は、ある教えとなって民衆の間に広まることとなった。「女に学などいらぬ。女は夫に従い、家庭を守ることこそ至上の喜びだ。娘たちにもそう教え込めばいい」

 ジュベール族の娘がいた。彼女の名はエイプリル、誕生日は四月。五人きょうだいの末っ子、三女。一家で入植地を転々としたこともあったが、今はセレスタンの国土と入植地を隔てる河川より北東に位置する、赤い煉瓦造りの屋根の家々が目を引く小さな町に落ち着いている。

 父は軍の幹部で、家に帰る頻度は少ない。長兄は成人男性に課せられる徴兵を二年前に終え、正式に入隊した。長姉は絨毯商と結婚して隣町に住んでいる。次兄が町の学校にいる時間帯、エイプリルは母の手伝いをし、次姉と遊び、たまに家の周囲の鋪道をうろついた。

 初等教育の三年間は学校に通ったため文字は読めたが、父や長兄らの愛読書を読むことはできなかった。日常生活で数字を用いることはできたが、複雑な数式は目にしたことがなく、物理の法則など知る由もなかった。だが、それらを疑問に思うことなく、小さな世界で日々満たされていた。

 そんなある日。長兄が訓練中に怪我をしたという報せを受け、エイプリルは母と共に、町で一番大きな病院を訪れた。建物の中に入ると、廊下と各病室の壁はアイボリー色で、フローリングの床にはジュベール族にとって生業と言える手織りの鮮やかな模様の絨毯がところどころに敷かれていた。

「大袈裟だな、母さん。エイプリルまで連れてくるなんて。別にたいした怪我じゃないのにさ」

「心配したわよ、実弾を扱う訓練の途中だって聞いたから」

「ちょっと脚を怪我しただけだよ」 

 母と長兄が話し込み、退屈したエイプリルはそっと病室を抜け出した。廊下の奥まった場所に、入口の扉が開きっぱなしになった病室があった。エイプリルがそっと室内を覗くと、六台並んだベッドのうち、窓際の一台にだけ患者がいた。彼はベッドの上に起き上がった体勢で、何やら分厚い一冊の本を読んでいた。

「誰?」

 気配に気づいた彼が声をかけると、エイプリルは慌てて廊下に姿を隠した。だが好奇心を覚えたエイプリルは、再びそっと顔を覗かせた。

「どこの子なの? 入院してる子じゃないよね」

 エイプリルは黙って彼の手元の本に目を落とした。彼が濃い緑色の表紙の本のタイトルを口にしたが、エイプリルはきょとんとしたままだった。

「面白い本なんだ、ちょっとおいでよ」

 エイプリルは恐る恐る室内に足を踏み入れた。

「僕はちょっとした手術をしたんだ。退院まで、君の兄さんより少しかかると思うよ」

「兄さんは、退院したらすぐに軍に戻っちゃうの」

「そうなんだ。僕が戻るのは、大学の研究室だ」

「季節に乾季と雨季があって、乾季ではどのような植物が育つのか。一面が砂に覆われた砂漠に咲く花は、どんな花なのか」 

 それ以来、エイプリルは病院を訪ねる度、アイザックの病室に足を運んだ。アイザックは部屋に置いてある本をめくり、エイプリルが興味を示しそうな内容を噛み砕いて教えた。

 ある日、エイプリルは母に尋ねた。「どうしてこの土地の女の子は、上の学校に上がれないの?」

「そんなこと聞いたらいけません」

「砂漠ってどんなところなの? 私、砂漠も蜃気楼も見たことない。この町の赤い煉瓦の屋根なんて、いつも同じだよ」

「エイプリル……」

 数日後、アイザックは部屋を訪れたエイプリルの目をじっと見てこう言った。

「君は驚くほど物事を知らないが、一番気の毒なのは、この世界の広さを知らないことだな。十年戦争があった、ここより西の大陸。僕は一度訪れたことがあるんだ。一面が乾いた大地で、ところどころに草や痩せた木が疎らに生えていて。それと、赤銅色の大きな岩。想像できるかい? 僕らの住むこの土地の向かい側にある国、セレスタンは知ってるよね。国境の川は見たことある? 大きな川。海はそれよりずっとずっと広くて、どんどん深くなるんだ。ここからどこか違う大陸や島に行くには、船で海を渡るんだ。歩いてもバスに乗ってもたどり着けやしない。いいか、君はまだ何も知らないも同然なんだ」

 ずっと先の未来の話。エイプリルは親に勧められるままに結婚し、もうけた一人娘のサイーシャが入植地の町で、初等教育以上を受けられるようあちこちに掛け合った。やがてサイーシャは町を出て、今は国家として承認されることとなった入植地を出て、世界を見て回った。帰国後は苦難の末に高等女子学校を開校し、民族の女子教育の可能性を拓いた第一人者と呼ばれるようになったのだったーー。

アレキサンドライトの輝き

 ジェームスは母アイダと二人で暮らしていた。二人の住む借家は外観も質素だった。路地に面した部屋の窓には古びたカーテンが引かれ、年季の入った木製の玄関ドアの脇には、黄色いフリージアの鉢植えが置かれていた。この日の午後六時前に仕事から帰宅したジェームスは、真っ先にアイダの寝室に向かった。

「母さん、具合はどう?」「おかえり、ジェームス、寒かったでしょう。今日は大分いいわ」

 ベッドに横になっていたアイダは、そう言ってゆっくりと上体を起こした。

「クリームシチュー作ってあるわよ」

「あんまり無理するなよ、体に障(さわ)るぞ」

「一日寝ているわけにいかないもの。あなたが働いてくれているのに」

「今の仕事は、前よりずっと楽なんだ。今日は朝から店内の掃除と商品棚の整理、午後から近所に配達を五軒。普段より早めに上がれたしさ……」

 一通り話し終えたジェームスは殺風景な台所に足を踏み入れた。テーブルに使い込まれた銀製の大鍋が置かれており、蓋を開けた瞬間に立ち上る湯気に、ジェームスの空腹は頂点に達した。あっという間にシチューをたいらげたジェームスは、食器棚の空きスペースに置かれた薬の袋に目を留めた。アイダは肺を病み、ここ一年ほど寝込みがちなのだ。

 町の中心部に行けば評判のいい診療所がある。母さんを診てもらうためにも、働いて治療費を工面しないと。ジェームスは決意を新たにした。

 ここは、カームリバーと呼ばれる町の郊外に位置する、やや寂れた地域だ。周辺には小さな家々が建ち並び、路地を抜けて開けた大通りに出ると、市場や商店が軒を連ねる。ジェームスの今の仕事は、食料品店の下働きだ。それより前は煙突掃除の仕事を三年近く続けていた。

 あの頃はいつも煤まみれになっていたものだ。ふと思い出したジェームスは苦笑いを浮かべた。それから食器洗いを終えたジェームスは、二階の自室に上がった。

 ベッドの枕元に、一冊の本がある。架空の国を舞台に、龍族の末裔と手を組み、魔王の討伐に挑む若き騎士の活躍を描いた長編小説だ。ヘッドボードに並ぶのは冒険小説や伝記小説、実用書が数冊ずつ。父の愛読書も混ざっているが、どれもジェームスには思い入れのあるものばかりだ。ジェームスとアイダは元々四人家族だった。今は母子二人で暮らしているのはなぜかというと、話を四年前に遡るーー。

 

 カームリバーから少し離れた地方の自然豊かな町。キャメロン・サーティスは富裕な農場主で、町の名士だった。三十代で娶(めと)った妻モリーとの間に、一人娘ケイティをもうけた。ケイティは両親の愛情を一身に受け、一家は幸せに暮らしていた。

 ところがケイティが六歳の誕生日を迎えたばかりのある日、モリーが事故で命を落としたのだ。キャメロンは悲嘆に暮れたが、一年後、若い女性と再婚した。その女性こそがジェームスの母、アイダである。翌年、誕生したジェームスはキャメロンのミドルネームを名付けられ、大切に育てられた。

 だが、そんな暮らしも長くは続かなかった。ジェームスが大学一年目を終える頃、十九歳の時だった。キャメロンが町の集まりに出ている最中に倒れ、急死したのは。それ以来、母子の暮らしは大きく変わった。

「久しぶりね」

 その頃には二十七歳になり、とうに実家を出ていたケイティが二人の前に現れた。聞くところによると、一家で暮らしていた家も農場の権利も何もかも売ってしまったという。

「どういうことなんだ、姉さん。どうしてそんな勝手な真似を……」

「あなたに姉さんなんて、呼ばれる筋合いないわ」

 ケイティの目が鋭く光った。異腹の姉弟だが、二人は目元がよく似ている。見る者に力強さを感じさせる、キャメロンに瓜二つの黒い瞳が。

「父さんが亡くなったばかりなんだよ」

「ケイティ……」

「私はずっと、あなたたちが嫌いだった。特にジェームス。あなたが生まれてから、父さんの関心はすっかりあなたに向けられて。私は追い出されるように寄宿学校に入ったのよ。それに今回も、父さんの急死を知らされたのは、私が最後。どれだけ屈辱だったか……」

 ケイティの両手は震えていた。

「ご存知ない? 成人した長子の私に権利があるのを。財産をどうしようと私の勝手よ」

 ジェームスとアイダは何も言えなかった。こうして二人は追われるようにカームリバーにやってきた。二人に遺された遺産は、僅かばかりの現金のみ。ジェームスは大学を辞め、町に働きに出るようになった。経営学を専攻し、卒業後は実家の農場経営を手伝うつもりだったジェームスは、初めにありついた煙突掃除の仕事に嫌気がさすこともあった。今の勤め先の店主は気さくだが、仕事は商品の陳列や配達ばかり。待遇面でも不満を感じつつあったジェームスはアイダを療養所に預け、町を出たのだったーー。

 

 私の名前はアレキサンドラ、宝石に由来する。私自身は、シンデレラに出てくるネズミも同然だけど。そんな私に彼は、広い世界を見せてくれるのだったーー。

 ここはカームリバーと隣町とを結ぶ橋を渡り、馬車で東の方角に向かうこと半日ほどかかる湖水地方。森を背に聳(そび)え立つ王宮が、どこよりも存在感を放つ。壁は真っ白で、三角形が三つ並ぶ赤い屋根の真ん中では、白と若葉色のストライプの国旗がはためく。前方には一面の芝生が広がり、四季折々の花が咲き乱れる花壇や水飛沫を上げる噴水がその一角を占め、広大な淡水湖を遠方に望む。

 王宮に住まうのは国を統治する国王夫妻と二人の王女だ。じきに十九歳になる長女アレキサンドラと、二歳下の二女サフィア。代々、王子や王女は十八歳になると本格的に公務に参加し、性別に関わらず第一子が王位を継承する慣わしとなっている。

 この日、国王のマーシャルは隣国の大使夫妻を晩餐会に招いていた。午後、特注のネイビーブルーのドレスに袖を通したアレキサンドラは、自室で姿見の前に立っていた。そこに映るのはストレートの長い黒髪、痩せぎすで比較的長身、顔立ちは平凡そのものの女性だった。

 アレキサンドラは晩餐会が億劫だった。襟元にフリルのあしらわれたロングドレスも、雨粒のような形をしたピンクのトルマリンが散りばめられたティアラも、妹のサフィアならよく似合うだろう。ダークブラウンの自然に波打つ長い髪、同じ色の潤んだように見える瞳、ふっくらした弓形の唇の持ち主のサフィアなら。

 王宮二階の大広間で開かれる晩餐会の間、アレキサンドラは両親やサフィアと共に、大使夫妻に笑顔で接していた。自分より小柄なサフィアと並んだ時に感じる劣等感など、胸の奥に仕舞い込んで。その矢先、ジェームスが彼女の前に現れるのだ。カームリバーで煙突掃除の経験があり、王宮の掃除人として雇われたという。メイドたちが噂話に花を咲かせていた。若い男性が王宮にやってくると聞いたアレキサンドラは、少々憂鬱だった。恐らく彼も、自分とサフィアを比べるだろうという考えが頭をよぎったのだ。

 数日後、ジェームスが王宮にやってくる日。その姿を一目見たアレキサンドラの胸は高鳴った。一七〇センチ台半ばのマーシャルをゆうに超える長身、黒い革のジャンパーに白いシャツ、ジーパンというラフな服装の上からでも窺える、鍛えられた肉体。やや長めの黒髪、くっきりした黒い眉に力強い黒い瞳。専属の家庭教師に勉強を教わり、今もほとんどの時間を王宮で過ごすアレキサンドラが滅多に目にしない、野性味を帯びた美男子だった。

 年配の執事と廊下で立ち話をしていジェームスに目を奪われたアレキサンドラは、暫くしてハッと我に返った。彼女の視線に気づいたジェームスが会釈をすると、アレキサンドラは顔をパッと逸らし、その場から小走りで去っていった。

 この夜、アレキサンドラはベッドに潜り込んだきり、中々寝つけなかった。空気がひんやりするにも関わらず、頬が熱く火照るのがわかる。瞼を閉じれば、出会ったばかりのジェームスの顔が繰り返し脳裏にチラつく。これまでは童話や小説に出てくる海賊やカウボーイに憧れを抱き、理想の男性像として密かに思い描いていた。だが出会ったばかりのジェームスは、それらとは比べものにならないくらいの存在感を放っていた。この時のアレキサンドラはすっかり戸惑い、人知れず芽生えた感情を持て余しつつ、日々を過ごすのだった。

 ジェームスの王宮での評判は上々だった。アレキサンドラはメイドから話を聞くか、遠目に彼を見かけて知るくらいだったが。

 ある夜のこと。

「王女」

 仕事を終えたジェームスが、廊下にいたアレキサンドラを呼び止めた。

「アレキサンドラでいいわ」

 アレキサンドラは俯き加減で、少し間を置いてから答えた。彼女はゆくゆくは女王となる身なんだ。好印象を抱かせるのは得策といえるだろう。そうした考えを、ジェームスは瞬時に頭に巡らせた。

「もしかして、アレキサンドライトから?」

「ええ」

「素敵な名前だ」

「ありがとう……」

 アレキサンドライトーー。神のいたずらと称される神秘的な宝石。その希少性はダイヤモンドに類する。名前を褒められるのはよくあること。ただし、その後が続かないのだ。

「そういや、宝石店のウィンドウ越しに一度見たことあるな。指輪だかネックレスだか。光を受けて色が変わる、何とも魅惑的な宝石だった」

 ジェームスの物憂げな口調に、アレキサンドラは恐る恐る警戒心を解いた。

「それじゃお分かりでしょうね、妹のサフィアも宝石から名付けられたのを。でもあの娘は、サファイアよりルビーの方が好きみたいで」

 ジェームスが柔らかな笑みを浮かべ、アレキサンドラが下を向くまでの一瞬だったが、二人は顔と顔を見合わせた。この夜、二人が交わした会話はこれだけ。雲間から三日月が、王宮と周囲の青々とした草原を照らす、そんな夜だったーー。

 

 それから二人は、時々話をするようになった。アレキサンドラは王宮での出来事や家族の話を、ジェームスは仕事の話やカームリバーにいた頃の話など。お互い、住む世界が違うのを意識しながら。

 ジェームスはというと日に日に、アレキサンドラと顔を合わせる度、不思議な気持ちに駆られた。初対面では、彼女の身分に興味を引かれたくらいだったが、話をするうちに親しみやすさに気づいた。容姿については妹に引け目を感じているというが、ジェームスは気にならなかった。これまでジェームスにとって身近な女性といえば穏やかな母アイダと、異腹の姉ケイティ。ケイティが寄宿学校に入学した時、ジェームスは四歳だった。長期休みには帰省していたが、近寄り難い存在だったことは覚えている。大学生の時にキャメロンが亡くなってゴタゴタが続いたこともあり、女性と付き合うどころではなかったといってもいい。

 ジェームスが王宮にやってきてひと月半。寒さも幾分和らぎ、よく晴れた休日の昼下り。アレキサンドラは庭の芝生に寝そべっていたジェームスを、誰もいない裏庭の木陰に誘い出した。

「川沿いの町ね」

「そう、取り立てて何もない町だけどね。イースターの時期は、石畳の露地が賑やかだった。煤まみれになって煙突掃除をしていた頃は、てっぺんから景色を見渡すのが一番の息抜きだったんだ。地平線に沈む夕陽が川面に映えて、なんともいえないくらい鮮やかでね」

 以前、二人はこの話をしていた。その時のアレキサンドラの眼前には、日没時のカームリバーの光景が浮かんでくるようだった。

「その前は農場にいたんだ。というより、農場で生まれ育った。広大な農地を小作人が耕して、僕は敷地内で遊んで。家畜もたくさんいたな。世話を手伝ったりもしたよ」

「それからどうしたの? どうしてカームリバーに……」

「町の大学に通っていたけど、父の急死をきっかけに辞めた。母もカームリバーに来て働いていたけど、肺を病んで……。今は療養所にいるんだ」

 アレキサンドラは何も言わなかった。王宮で箱入り娘同然に育てられた身では、かける言葉が見つからなかった。

「仕事はキツかったけど、読書が楽しみだった。読書だけはずっと好きで、続けていたんだ」

「道理で博識だと思ったわ」

 畏敬の念が込められたアレキサンドラの物言いに、ジェームスは照れたような表情を見せた。

 二人の様子に警戒心を抱いたマーシャルは夕食の席でアレキサンドラに、国を統治する身分とはいかなるものか、こんこんと説いた。アレキサンドラは黙って聞いていたが、食事が済むとすぐに、苦い顔をするマーシャルを残して席を立った。

 大ホールを後にして廊下を歩いている途中、アレキサンドラはふいに思い出した。十五歳になるかならないかの頃、年配のメイドから聞いたある話を。マーシャルの母の妹の一人が許婚がいるにも関わらず、馬番の男と駆け落ちしたのだ。現在でもこの話は王宮のタブーだが、アレキサンドラはメイドから耳打ちされるように教えられた。当時はピンとこなかったが、眉間に皺を寄せたメイドの表情が印象的だった。

 ちょうどその頃、王宮の人気のない場所や裏庭の片隅で忍び会う二人に、複雑な目を向ける女性がいたーー。

 

 春の陽気が近づいてきたある日。アレキサンドラの部屋のドアをノックする音がした。返事とほぼ同時にサフィアが中に入り、ドアを素早く閉めた。

「サフィア、こんな時間にどうしたの?」

 ドアに背を向けていたアレキサンドラは、座椅子ごと振り向いた。

「あのさ、お姉ちゃん」

 サフィアは部屋の真ん中を陣取るベッドに、トランポリンで弾むように腰掛けた。

「私たち、王女なんだからおしとやかに、いずれは貞淑な女王になるようにって、周りに言われてきたじゃない?」

 アレキサンドラは両手を膝に置いて頷いた。

「覚えてる? 子どもの頃はよく、お城や庭で冒険したよね。一度は大きな木に登って、途中で落ちたこともあった。擦り傷で済んだけど、父さんはもうカンカンで……」

 屈託なく話すサフィアに、アレキサンドラは笑みを浮かべた。

「いくら王女といっても、一人の女でしょう。私、分かってるんだ。お姉ちゃんとあの掃除の男の人……。二人でいると、まるで恋人同士に見える」

 アイボリーのコットンの寝問着をベッドにふわりと広げて座るサフィアが、アレキサンドラにはこれまでのあどけなさが薄れて見えた。

「王宮のことは私に任せて、お姉ちゃんは自分の望むようにして」

「サフィア……」

 

 それから間もなく。

「もうあの男を城から追い出すしかない」

 マーシャルが側近相手に話しているのを、アレキサンドラは耳にした。今夜だわ、今夜しかない。アレキサンドラは決心したものの、気持ちは揺らいだ。部屋を見渡せば、ドレッサーに飾られた家族写真や、マーシャルから贈られた置き時計が目に付く。アレキサンドラの気持ちはなおも揺らいだ。次の瞬間、顔を見たこともない女性の影が浮かんだ。身分違いの恋に身を焦がしたであろう、マーシャルの叔母だ。馬番の男と手を取り合って王宮を逃げ出す場面まで、アレキサンドラの脳裏にありありと浮かんだ。

 時計の針が午前十二時を指す直前、アレキサンドラは自室をそっと抜け出し、ジェームスの部屋を訪ねた。

「私と一緒に逃げて下さい」

 その言葉を聞いたジェームスは眉を寄せた。次に何か言おうと口を開いたジェームスの視界に映ったのは、漆黒の闇夜を思わせるアレキサンドラの澄んだ瞳だった。

「喜んで」

 ジェームスは一言そう答えた。二人は王宮を出て広い庭を駆け抜け、ついに敷地の外へ出た。それから追っ手に見つからないよう、森の奥で一夜を明かすことにした。それから先は、また考えたらいい。きっとどうにかなるだろう、この手を離さなければ。アレキサンドラとジェームスは、繋いでいた手にグッと力を込めたのだったーー。

 俺の話を聞きたい?それでは話して差し上げようーー。  俺の目の前には一人の老人がいた。サンタクロースのように白く長い服を着て、木の杖をついた老人だった。俺は彼に向かって話しはじめたーー。  スランプもスランプ、スランプ中のスランプとはこのことか。出だしの一行すら浮かばないなんて、俺の才覚もここまでか。申し遅れました、俺の名前は櫛田敬男。五十代まで残り一年、職業は一応小説家の端くれ。地方出身、都内在住。奥さん?そんなこと聞いてどうするんだよ。まあいいや、バツイチ現在独身彼女なし。

 俺がとある小説の新人賞で特別賞を受賞した時も、勤めていた会社に三十歳目前で辞表を出した時も、応援してくれていた彼女がいた。後に籍も入れたよ、子どもはいなかったけど仲良くやっていけると思ってた。数年後、彼女が男と逃げちまうまでは。それ以来、女なんてゴリゴリだ。

 いや、そうでもないな。言っておくが俺は一七ニセンチほどの身長に体重は若い頃から変わらない標準体重。別に色男でもなんてもないが、笑った顔が可愛いとか言われたことはある。離婚後は出版社の女性とかバーのマダムとか、要するに後腐れない気軽な付き合いなら、何度かしてきた。でも今はスランプなんだ、スランプ。

 俺はノートパソコンの電源を切ってフタを閉じ、メガネを外して眉間を親指でグッと押した。パジャマからカーキ色ポロシャツとジャケット、黒のスラックスという軽装に着替えた俺は、自宅マンションを出た。

 これからどこへ行こう、行きつけのバーにでも行くか。その店は自宅から歩いて十五分ほど、駅前の繁華街の片隅、雑居ビルの地下にあった。店の明かりは居心地いい仄かなオレンジ色、俺は六、七年前から執筆の合間に訪れていた。

 通ううちに指定席らしきものができて、俺の場合はカウンター席の壁際、店内で最も落ち着く場所だ。そこに座り、最近ハマっているカクテルを注文した。年配のマスターは俺を見て愛想いい笑みを浮かべた。

 マスターは顔馴染みだが、バーテンはしばしば入れ替わっている。今は三十代半ばぐらいの美男子、いや、今はイケメンっていうのか。とにかく俺の長話にも時々付き合ってくれるいい男だ。俺は小説のネタ探しも兼ねて、持ってきた週刊誌をパラパラめくった。それにしても下世話な記事ばかりだな。

「カシスオレンジ下さい」

 女の子の声と誰かがカウンター席に着く気配がしたが、俺はそちらに目を向けることなく週刊誌に目を通していた。

 数分後。

「あの、何飲まれてるんですか?」

 俺は顔を上げて、右側の壁と反対側を見た。二十代後半くらいの女の子が、カシスオレンジのグラス片手に見ていた。いや、待てよ。俺は咄嗟に店内を見回したが、カウンター席には他に中年男女一組だけで、女の子の可愛らしい顔は確かに俺に向けられていた。

「ああ……。これはね、モッキンバードっていうんだよ」

 女の子の頭にクエスチョンマークが浮かぶのが見えた。

テキーラを、ミントリキュールとライムジュースで割ったカクテルなんだ。ジュースは、レモンでもライムでもどっちでもいいんだけど。テキーラは強いから、多めのジュースで割るといいよ」

 バーテンからの受け売りだったが、俺はよどみなく説明した。

「ちなみにモッキンバードって、メキシコにいる鳥なんだけど、別に羽がカクテルみたいに緑色ってわけじゃないんだ」

「そうなんですか、あんまりキレイだから気になって。ありがとうございました」

「そうそう、変わったカクテルぁし、そりゃ気になるよな」

 俺は女の子の丁寧な受け答えや、白いニットに膝が隠れるくらいの丈の茶色いスカートといった服装に好感を抱いたが、勘違いしないよう自分に言い聞かせ、再び週刊誌に手を伸ばした。

「あの……。もしよかったら、もう少しお話しません?カクテルの話、面白かったし……」

 いやあ、俺もまだまだ捨てたもんじゃないな。俺はすっかり浮かれていた。

「名前は?俺は櫛田敬男」

「麻希っていいます」

 彼女は俺の名前を聞いても顔色一つ変えなかった。

「麻希ちゃん? あのさ、俺の小説知らない? 夜霧の街角とか再会のあの日にとか、エッセイもあってさ」

「えっと……。知らないです、ごめんなさい」

「いや、いいんだ……」

 ああ、最高傑作が……。暫くしてから麻希ちゃんは、自分の話を始めた。勤め先のアロマ専門店のこと、何年も前に別れた彼氏のこと、家族のこと。その落ち着いた声のトーンは、別れた妻を思い出させた。

 少しずつ、記憶が甦る。彼女の名前はもちろん、生年月日に出身地。いや、そんなありきたりなことばかりじゃない。彼女の好きな映画や音楽。

 付き合っていた頃、何度か映画館でデートした。女の子だし、てっきりキャラメルポップコーンが好きだろうと思っていたら、映画を観ながらものを食べない主義だと言って、ブラックコーヒーを飲んでいた。俺の方がブラックが無理でキャラメルマキアートを頼んだら、クスクス笑われたっけ。

 それから好きな作家。そもそも彼女と付き合うきっかけになったのは、会社の親睦会だった。ある秋晴れの日曜日、同僚らが公園の芝生にレジャーシートを敷いてくつろぐなか、俺は隅のベンチで文庫本を読んでいた。そんな時、彼女が話しかけきたんだ。好きな作家が一緒で、俺が文学賞に応募している話に目を輝かせて……。

 うまくいってるはずだった。俺が締め切りに追われて忙しかろうと、資料集めや雑事を手伝ってくれていた彼女をないがしろにしようと。彼女は何も言わなかった、離婚届を置いて急に姿を消して。それまでに兆候はあったかもしれない、気づかなかった俺が傲慢だっただけだ。

 静かな空気を感じた俺は、ハッと顔を上げて右側を向いた。いつの間にか麻希ちゃんは話をするのをやめていたのだ。俺に気づくと、口元でにっこり笑ってこう言った。

「お水でも飲みます?」

「ああ、そうするよ……」

 透明なグラスに注がれた冷たい水を一気に飲み干すと、酷暑の日にシャワーを浴びるような、身体全体が甦る気がした。 

「そろそろ出ようか……」

 立ち上がると頭がクラクラする、対称的に麻希ちゃんは涼しい顔だ。ビルの外に出ると、十月にしては夜風が冷たい。

「敬男さん、私……」

「麻希ちゃん……?」

 麻希ちゃんがジャケットの裾をギュッと摘んだ。何年か振りに心臓が大きく跳ねるのがわかった。

 麻希ちゃんの向こうにネオンが見える。信号機みたいな赤や黄色、たわわに実った果物みたいなピンク色、紀行番組で見たことのあるカメルーン熱帯雨林みたいな緑色、アクアマリンの宝石みたいな水色。俺の視界の奥で色とりどりのネオンが、キラキラと光る川面のように揺れていたーー。

「それで、話の続きは?その女の子とはその後どうなったんだ?」

 老人はワクワクしながら俺に聞いた。俺は老人に言った。

「意地悪なこと聞きますな、神様。あなた、天国の入り口で俺が来るのを待っていたんでしょう」

下書き

「自分のバイト代使いなさいよ。それに、そんな聞いたことない民間資格なんか取ってどうするのよ」ウンザリだった。俺は広告が載っていた新聞をグシャッと丸め、半ば衝動的に家を出たら、平日午後四時過ぎ。住宅街の一角を手ぶらでずんずん歩けば、下校途中の小学生や、のんびり歩く高齢者と時折すれ違う。このまま駅前まで行くか、電車かバスで行き当たりばったりの旅にでも出ようか。まるで映画みたいに。出発寸前のバスに飛び乗ると、終点は春先のまだ肌寒い海岸通りだったーー。ロードムービーのワンシーンを描いていると、一人の少女が大通りに向かって歩いていた。「英里香ちゃん!」俺は少女に声をかけた。「哲哉くん……?」英里香ちゃんは俺の顔を見て、戸惑った表情になった。そりゃそうだ。同じ地域に住むいとこ同士とはいえ、十歳近く離れているし、最近ではほとんど顔を合わせていない俺にいきなり声をかけられたんだから。「どこか行くところだった?」「うん、今日は教室の日だから」英里香ちゃんの右手にはパステルカラーのガーリーなデザインのバッグ。「英里香ちゃん、実は伯母さんが具合悪くなって寝込んでるんだ。ちょっと手伝ってほしいことがあるし、来てくれないかな?」俺は母の名前を出して英里香ちゃんの気を引き、半ば強引に自宅に連れていった。全部真っ赤な嘘、母も父も外出中で家には誰もいない。「こっちだよ、こっち」俺は英里香ちゃんを二階に誘導し、ドアが開けっ放しの自室に招いた。英里香ちゃんが先に室内に足を踏み入れ、後ろにいた俺はタンスの上に置きっぱなしにしていたある道具に手を伸ばした。それから英里香ちゃんの手首を力任せに掴み、彼女がハッとするとほぼ同時にある道具を彼女に突きつけた。「動かないで」英里香ちゃんは玩具のピストルを見て、一瞬で固まった。玩具といっても本物と見間違えてもおかしくない見た目だ。小学校高学年の少女を人質に取るには、きっと十分だろう。俺は英里香ちゃんを床に座らせた。華奢な手首に冷たさを感じる。ここまで来たらロードムービーどころじゃないな、いや、これも映画のワンシーンみたいだ。「哲哉くん、星の砂のボトルに迷い込んだ小人のラリーの話、知ってる?」俺は首を横に振った。「ボトルの中はサラサラした白い砂粒でいっぱい。小さな貝殻の粒も落ちている。ここは砂漠か、砂漠だとしたら貝殻が落ちているのはどうしてだろう。ラリーは不思議な空間に魅力され、砂粒をかき分けるうちにーー」「ふーん」俺は退屈極まりないと言わんばかりに、手元のピストルの銃口をじっと見つめた。英里香ちゃんは真顔で口を閉じた。「そういや、教室に行くところだっけ。何の教室?」「うん、エレクトーン教室……」言いかけて英里香ちゃんは顔をパッと輝かせた。「そうだ、来月発表会があるんだ。伯母さんも見に行こうかなって言ってたよ。哲哉くんも来てよ」「英里香ちゃん、君を傷つける気はないんだ。俺さ、高校卒業してから進学も就職も特にしなくて、アルバイトも中々続かなくて。資格通信講座資料受講料借りようつっぱねた母俺の母つまり君の伯母さん。エレクトーンの教室に通うのを応援してくれるような、君のお母さんとは違うんだよ。俺も叔母さんから聞いたよ、学校でもピアノがうまいって評判なんだってね」「音符の国はいつも賑やか。ドはソラシと仲良し、レは赤いドレスがよく似合って、ミはそんなレに憧れています。ファは目立たないけどシャープな音の持ち主でーー」英里香ちゃんは話しはじめた。「ある日、ドとラがケンカをしました。ドもラも音が重いものだから不協和音を奏で、国のあちこちに住む音符は困り果てしまいました。話を聞いた神様が、彼らから音を取り上げるとーー」気になるところで一旦引き。オーバーなくらいの手振り、間の取り方、声色の変化。何か思い出すな、千一夜物語だ。さしずめ英里香ちゃんはシェヘラザード、俺は夜ごと物語を聞かされる王ってとこか。暑いとても暑い日あんまり暑いので地球太陽地上アイスキャンディ売れる屋台真昼公園人困ったことに屋台。いつの間にか俺は、手元のピストルを床に置いていた。 小さな池アマガエル空飛ぶ話長老様台風葉っぱパラシュート旅立つ続きは?

無情の夢③

それからどこをどう歩いたのか、くるみにはさっぱり記憶がなかった。気がつくとくるみは着心地のいいグレーのパジャマを着て、自室のベッドに寝ていたのだった。クリスマスイブは、章一と向かい合って市販のショートケーキを食べるうちに過ぎた。ケーキに添えられたサンタクロースの砂糖菓子が、くるみをほっこり和ませてくれた。

 翌日のクリスマス、章一は卵とじうどんを作った。うどんを鍋で煮込んでめんつゆを加え卵でとじる、手軽な作り方のうどんだ。佐千子が亡くなって以来、章一がよく作るようになったメニューの一つでもある。
「うん、おいしい。やっぱりお父さんの作る卵とじうどんが一番だな」
 くるみは和室のちゃぶ台でうどんを啜り、章一に笑ってみせた。
「そうか……」 
 章一はぎこちない笑みを浮かべた。章一はくるみに何かあったと薄々気づいていたが、何も言わなかった。うどんを食べ終えたくるみは、改めて室内を見回した。小さな仏壇、章一か貼り替えたばかりの障子、和風のランプ。 
 狭いけど落ち着く……。銀座も楽しかったけど、やっぱり家が一番だな……。
 次の日からくるみは、正月を迎える準備に追われた。忙しさに気を紛らわせつつも、ふとした瞬間、晴彦の顔や銀座で過ごしたつかの間の光景がくるみの頭をよぎるのだった。
 
 正月も明け、日常に戻る頃。リーンリーン。自宅の廊下で電話が鳴り、くるみは受話器を取った。
「はい、中村で……。ああ、恵子、久しぶり」
「久しぶりじゃないわよ、くるみ。どういうこと?」
 キョトンとするくるみに、恵子が興奮気味に話しはじめた。電話口の向こうには千枝もいるようだった。恵子の話によるとこうだ。先日久々に撮影所を訪れたら、晴彦の方から話しかけてきた。中村くるみにひどいことを言ったのを謝りたいから、撮影所に呼んでくれないか、と頼まれたというのだ。
「ねえ、くるみ、どういうこと? 佐山さんと何があったの?」
「ごめん、落ち着いたら話すね。それで、佐山さんは……」
「佐山さん、明日のお昼に撮影所に来られないかって。佐山さんが前に煙草を吸ってた場所だって」
「わかった、連絡ありがとう」
 
 翌日、正午を迎える少し前。くるみは少し早い電車に乗り、東活の撮影所に向かった。指定された場所に、カーキ色のオーバーと黒いズボンを履いた晴彦がいた。
「佐山さん」
「ああ……」
 晴彦はくるみを見ても表情を変えなかった。本当はここに来るために精一杯お洒落をしてこようとくるみは思っていたが、どんなに着飾っても自分は自分なのだから、結局普段着の茶色のダッフルコートとそこらのセーターやズボンという格好で来たのだった。
「君が本物の中村くるみくんだね」
「は、はい……」
 晴彦に顔をじっと見られ、くるみは消え入りそうな声で返事をした。くるみは蝶々のラトリスに魔法の国に連れていかれたことから何から、洗いざらい晴彦に話した。晴彦は狐につままれた顔で聞いていた。 
「そうか、魔法だったのか、あれは……なるほどな。俺はこの先、何を見ても動じなくなるだろうな。それよりすまなかったね、ひどいこと言って」
 晴彦はオーバーのポケットから片手を出して、頭の後ろを押さえた。
「いえ、私の方こそ騙すような真似をして……」
「ところで君、これからどうするの? 」 
「これまで通り、父の工房を手伝います。小さな工房ですが、工芸品や民芸品を作っているんです…」
「そうか、まあ頑張れよ」
「あの、佐山さん」
 くるみは思いきって声をかけた。
「私、佐山さんの生年月日で占ってみたんです。四柱推命といって、中国に古代から伝わる占いで……」
 占いと聞いて、晴彦は怪訝そうに眉を寄せた。
「えっと、佐山さんには十二運の中の帝旺と建禄っていう、特に強い星がついていて……。その星の下に生まれた人は、社会で活躍する人ばかりなんです……」
 くるみのたどたどしい説明を、晴彦は時折頷きながら黙って聞いていた。 
「だから佐山さん、きっと役者として大成しますよ」
「へえ。それじゃ、そのつもりでやってくよ」
 晴彦の穏やかな口調に、くるみはこれまでと違った空気が流れるのを感じた。
 
「そうだ、俺さ、恋人ができたんだ。六歳下で、去年東活に入社した駆け出しの女優なんだ」
「そうなんですか……。おめでとうございます」
 くるみは素直にそう口にした。
「ありがとう、隆二くんにも言われたな、プレイボーイの君も年貢の納め時だなって」
「その人、綺麗な人なんでしょう?」
 くるみは試しに聞いてみた。
「いや、それは……」
「いいですよ、はっきり言ってくれて」
「ああ、かわいい娘だよ。でも、なんていうか……それ以上に一途で、本当にいい娘なんだよ……」
 晴彦が狼狽えて見えるのを、くるみは珍しいと思った。
「いいですよ、もう」
 くるみはクスクス笑った。
「からかわないでくれよ」
 晴彦が笑うと、目尻に皺が寄るのがわかった。 晴彦が年を重ねると、もっと深い皺が刻まれるだろう。
 でもこの人は、年を重ねてもきっと素敵だろう。そしてその時、この人のそばにいるのは私ではない。私のほしかったもの。それは魔法のドレスでもガラスの靴でもない。この人が本当に笑った顔だ。それこそが最も手に入らないもの。はじめからよくわかっていた
 
「おまけにもう一つ教えてあげるよ。君、口は堅そうだからね、まだ誰にも言わないね」
 「は、はい……」
  念を押されたくるみは僅かに身構えた。
「隆二くん、いるだろ」
 くるみが頷くと晴彦が話を続けた。
 「隆二くんは、同じ東活の専属女優の雪原小枝さんと付き合ってるんだ」
 くるみが目を丸くすると、晴彦が少し得意そうにした。
 「驚いたろ?  知ってる人は、まだそんなにいないからね。会社のお偉いさんに反対されるだろうからって、二人ともおおっぴらにしてないんだ」
 岩瀬さんと雪原さんが……。知らなかった。それに雪原さん、佐山さんがタイプってわけでもなかったのね。なんだ、そっか……
「ところで君さ」
「はい」
「俺の本名知ってる?」 
 くるみが首を横に振ると、晴彦が話を続けた。
「尊志(たかし)だよ、佐山尊志。晴彦は東活に入社した時、会社のお偉いさんが付けてくれたんだ。それまでは俺、小さな劇団で新劇をやってたんだ。その時は本名で出ててさ」
 「尊志……さん……」
 口に出してみると妙な感覚だった。くるみの頭の中を、ここ数ヶ月の出来事が回転木馬のように回しだした。
 私はこれまで、この人の何を見ていたのだろう。もしかして何も見ていなかったのかもしれない。いや、見ようともしていなかったのかもしれない。
 もしかしたらずっと夢を、無情の夢を見ていたのかもしれない。白と黒の大きなスクリーン、銀幕の世界。魅力的な登場人物に、ドラマチックなストーリー。華やかだが、どこか虚構の世界。全てはフィルムが回っている間の夢、まさに無情の夢。
 急にくるみの視界がクリアになり、景色がこれまでと違って見えるようになった。
「それじゃ、元気で」
 晴彦は口元だけで、くるみに儀礼的な笑みを浮かべた。 
「さようなら……」
 くるみもぎこちない笑みを浮かべ、去っていく晴彦の背中を見送ったのだった。
 
 数ヶ月後。
「ねえ、聞いた? 今度新しく撮影に入る映画」
 「何? 何?」
「監督さんはなんでも、よその映画会社から引き抜かれてきたんですって。四十代手前の、わりと美男子だそうよ」
 東活の撮影所の建物の一階にある、台本の読み合わせなどを行う部屋。女優や女性スタッフが噂話をしていた。
 そこにスーツを着た幹部の中年男性がやってきて役者やスタッフを集めると、勿体ぶったように咳払いを一つした。
「えー……これから撮影に入る映画のタイトルは無情の夢。主演は佐山晴彦くんだ」 
 一同が拍手する中、晴彦はこれまでになく誇らしい心境でいた。
 「そして監督は……」
 コツ……コツ……黒い革靴を鳴らし、一人の男が大勢の前に姿を現した。実直そうな顔つき、薄手の茶色いジャケットをさりげなく着こなした引き締まった体躯。男はいかにも溌剌としていた。その場にいる全員の視線が集まるなか、男が口を開いた。
「海映(かいえい)から来ました。武中秀一郎と申します。よろしくお願いします」