ライブラリー キャラメルラテ

オリジナル小説書いてます

想い出の折りたたみ傘

小雨の降る夕方。ビニール傘がパタパタと音を立てる、駅からの帰り道。こんな日にはふいに思い出すことがある。淡いエメラルドグリーンの折りたたみ傘。あの人に似合うなんて思いもしなかったーー。 「今度の期末、社会の範囲ヤバくない?」 「木村さんも西…

無情の夢 番外編

おとぎ話なんて、はじめからなかったのかもしれない。魔法のドレスもガラスの靴も、かぼちゃの馬車も大きなお城もーー。 肌を刺すように冷たい真冬の風に吹かれ、中村くるみは白い息を吐いた。夕暮れ時の薄暗い帰路を、くるみは急ぐことなく歩いていた。 く…

ジュベール族の娘たち

レビ師は仰った。「地に満ちよ」 またある時は、こう仰った。「我が民族の血を絶やしてはならぬ。なんとしてもこの地に根付き、叡智を結集し、それらを子々孫々まで未来永劫受け継ぐのだ」 ジュベール族と呼ばれる民族の歴史は、迫害と流浪そのものだ。荒涼…

アレキサンドライトの輝き

ジェームスは母アイダと二人で暮らしていた。二人の住む借家は外観も質素だった。路地に面した部屋の窓には古びたカーテンが引かれ、年季の入った木製の玄関ドアの脇には、黄色いフリージアの鉢植えが置かれていた。この日の午後六時前に仕事から帰宅したジ…

俺の話を聞きたい?それでは話して差し上げようーー。 俺の目の前には一人の老人がいた。サンタクロースのように白く長い服を着て、木の杖をついた老人だった。俺は彼に向かって話しはじめたーー。 スランプもスランプ、スランプ中のスランプとはこのことか…

下書き

「自分のバイト代使いなさいよ。それに、そんな聞いたことない民間資格なんか取ってどうするのよ」ウンザリだった。俺は広告が載っていた新聞をグシャッと丸め、半ば衝動的に家を出たら、平日午後四時過ぎ。住宅街の一角を手ぶらでずんずん歩けば、下校途中…

無情の夢③

それからどこをどう歩いたのか、くるみにはさっぱり記憶がなかった。気がつくとくるみは着心地のいいグレーのパジャマを着て、自室のベッドに寝ていたのだった。クリスマスイブは、章一と向かい合って市販のショートケーキを食べるうちに過ぎた。ケーキに添…

無情の夢②

なんで私、佐山さんにあんなこと言っちゃったんだろう。もう消えてしまいたい……。 晴彦の言葉にくるみは、目の前が暗くなるような感覚に陥った。くるみは撮影所の最寄り駅に戻る道とは反対方向を、ふらふら歩いた。辺りは一段と暗くなり、気がつくとくるみは…

無情の夢①

十一月中旬の冷たい夜風が肌を突き刺す午後九時過ぎ。東京メトロ沿線、駅前の大通りを一本脇に入った舗道を、一人の男が歩いていた。年格好は二十代後半といったところ。まっすぐ上がり、眉尻にかけて曲がった黒い眉、同じ色のはっきりした瞳。やや東洋人離…

ガラス越しの恋

二〇二〇年代初頭、サンパウロ州サンパウロ市。ペストやスペイン風邪、そしてコロナ禍。ほぼ百年に一度の割合で発生する感染症の世界的流行の真っ最中。 事の始まりは、アジア諸国で最初の患者が見つかったことだ。水際対策も功を奏さずブラジル国内でも感染…