ライブラリー キャラメルラテ

オリジナル小説書いてます

下書き

「自分のバイト代使いなさいよ。それに、そんな聞いたことない民間資格なんか取ってどうするのよ」ウンザリだった。俺は広告が載っていた新聞をグシャッと丸め、半ば衝動的に家を出たら、平日午後四時過ぎ。住宅街の一角を手ぶらでずんずん歩けば、下校途中の小学生や、のんびり歩く高齢者と時折すれ違う。このまま駅前まで行くか、電車かバスで行き当たりばったりの旅にでも出ようか。まるで映画みたいに。出発寸前のバスに飛び乗ると、終点は春先のまだ肌寒い海岸通りだったーー。ロードムービーのワンシーンを描いていると、一人の少女が大通りに向かって歩いていた。「英里香ちゃん!」俺は少女に声をかけた。「哲哉くん……?」英里香ちゃんは俺の顔を見て、戸惑った表情になった。そりゃそうだ。同じ地域に住むいとこ同士とはいえ、十歳近く離れているし、最近ではほとんど顔を合わせていない俺にいきなり声をかけられたんだから。「どこか行くところだった?」「うん、今日は教室の日だから」英里香ちゃんの右手にはパステルカラーのガーリーなデザインのバッグ。「英里香ちゃん、実は伯母さんが具合悪くなって寝込んでるんだ。ちょっと手伝ってほしいことがあるし、来てくれないかな?」俺は母の名前を出して英里香ちゃんの気を引き、半ば強引に自宅に連れていった。全部真っ赤な嘘、母も父も外出中で家には誰もいない。「こっちだよ、こっち」俺は英里香ちゃんを二階に誘導し、ドアが開けっ放しの自室に招いた。英里香ちゃんが先に室内に足を踏み入れ、後ろにいた俺はタンスの上に置きっぱなしにしていたある道具に手を伸ばした。それから英里香ちゃんの手首を力任せに掴み、彼女がハッとするとほぼ同時にある道具を彼女に突きつけた。「動かないで」英里香ちゃんは玩具のピストルを見て、一瞬で固まった。玩具といっても本物と見間違えてもおかしくない見た目だ。小学校高学年の少女を人質に取るには、きっと十分だろう。俺は英里香ちゃんを床に座らせた。華奢な手首に冷たさを感じる。ここまで来たらロードムービーどころじゃないな、いや、これも映画のワンシーンみたいだ。「哲哉くん、星の砂のボトルに迷い込んだ小人のラリーの話、知ってる?」俺は首を横に振った。「ボトルの中はサラサラした白い砂粒でいっぱい。小さな貝殻の粒も落ちている。ここは砂漠か、砂漠だとしたら貝殻が落ちているのはどうしてだろう。ラリーは不思議な空間に魅力され、砂粒をかき分けるうちにーー」「ふーん」俺は退屈極まりないと言わんばかりに、手元のピストルの銃口をじっと見つめた。英里香ちゃんは真顔で口を閉じた。「そういや、教室に行くところだっけ。何の教室?」「うん、エレクトーン教室……」言いかけて英里香ちゃんは顔をパッと輝かせた。「そうだ、来月発表会があるんだ。伯母さんも見に行こうかなって言ってたよ。哲哉くんも来てよ」「英里香ちゃん、君を傷つける気はないんだ。俺さ、高校卒業してから進学も就職も特にしなくて、アルバイトも中々続かなくて。資格通信講座資料受講料借りようつっぱねた母俺の母つまり君の伯母さん。エレクトーンの教室に通うのを応援してくれるような、君のお母さんとは違うんだよ。俺も叔母さんから聞いたよ、学校でもピアノがうまいって評判なんだってね」「音符の国はいつも賑やか。ドはソラシと仲良し、レは赤いドレスがよく似合って、ミはそんなレに憧れています。ファは目立たないけどシャープな音の持ち主でーー」英里香ちゃんは話しはじめた。「ある日、ドとラがケンカをしました。ドもラも音が重いものだから不協和音を奏で、国のあちこちに住む音符は困り果てしまいました。話を聞いた神様が、彼らから音を取り上げるとーー」気になるところで一旦引き。オーバーなくらいの手振り、間の取り方、声色の変化。何か思い出すな、千一夜物語だ。さしずめ英里香ちゃんはシェヘラザード、俺は夜ごと物語を聞かされる王ってとこか。暑いとても暑い日あんまり暑いので地球太陽地上アイスキャンディ売れる屋台真昼公園人困ったことに屋台。いつの間にか俺は、手元のピストルを床に置いていた。 小さな池アマガエル空飛ぶ話長老様台風葉っぱパラシュート旅立つ続きは?